表現のつまみ食い

表現のおいしいところをつまみ食いするエッセイです。

お店を畳むお寿司屋さん

 平成が終わる。天皇陛下が即位されるだけでなく、その節目にお店を畳むところもある。今回訪れたお寿司屋さんも創業から47年を迎えたが、平成と共に幕を閉じるそうだ。

 

 場所は東京の小金井になるが、個人で営むお店なので非公開とさせて貰う。座席は20人入らないぐらいで少々狭いが、個人経営と考えると立派な部類だろう。

 基本的に大将と女将が切り盛りしている。サービスされることを引き換えに、大将の言われた通りに握りを頼んだ。この辺りも個人で営むお店らしさがあり、独特な王国が築かれていた。はじめての雰囲気だったが、不安より期待感のほうが強まっていった。

 お店はほぼ満席だった。もうすぐお店を畳むとあって近所の人が多く、ちょっとした集まりの場になっていた。中にはお店を続けて欲しい声も聞こえたが、「天皇がやめなければ考える」と大将が冗談を交えていたりしていた。こういうお客さんと大将が近い感じもなんだか久しぶりだった。

 

 大将が握り終え、女将が注いだお吸い物が届いた。綺麗に並べられた握りは、今までとはひと味違う印象だった。

 そのひとつが彩色へのこだわりだろう。鉄火、生エビ、トロ、まぐろ、サーモン、鉄火の順に盛られていた。この赤、白、桃、赤、橙、赤の並びは心地よい配置だった。また握りやサービスと思われるお吸い物にレタスを添えていたが、こちらも彩色へのこだわりかもしれない。そういえばお箸入れも見たことがない、着物のような柄だった。失礼ながら大将が選んだとは思えないのだが、恐らくそうなのだろう。

 お寿司はどれも新鮮で、ボリュームがあった。一口で食べることが出来ないほどの握りが並べられていた。どれも美味しかったが、中でもトロは口にとろけるような独特の甘みがずっと広がっていた。ぺろりと食べ終えたが、もう食べられないぐらいになっていた。今までとは違うお寿司だったが、食べ終わった頃には充実感に満ちていた。

 

 それなりの値段はしたものの、それは覚悟していた。それよりも美味しいのはもちろんだが、なんだか楽しいひとときだった。畳むのを惜しむ人が、またひとり増えてしまった。